月曜にしては随分と客の多い日だった
10時少し前に彼が入ってきた時には、カウンターはほぼ満席の状態であった
そんな様子を見て、暫し逡巡してから残った最後の一席に腰を降ろす

「いつもので宜しいですか?」
そう訊ねると目線だけで応えが反ってくる
最初の一杯はネグローニ
それが頑ななまでの彼のスタイル
だが、気のせいだろうか、その目線が何処か翳りを帯びている気がした


落込んでいる、そう言ってしまえば間違いになるかもしれない
暗い雰囲気を漂わせている訳でも無いし
周りの常連の人達とも普通に話しをしている
何て言うのだろうか、悩んでいるような、思い詰めているようなそんな雰囲気


客入りも多く、店内がざわめきに包まれていると言っても、時折静かな時間は訪れる
喧騒と喧騒の間の僅かな隙間
例えるならばそのような時間
そんな時彼の様子を見ると、大概が黙ってグラスを見つめていた
カウンターに肘をつき、目の前に掲げるようにしたグラスを真っ直ぐ見詰ている
まるで、グラスの底に答えを探すかの様に


「ブードルス、ビターをきつ目にね」
店内の喧騒も大分収まってきた頃、2杯目のペールエールの空いたグラスを挙げながら彼からオーダーが入る

ショットグラスにブードルスを注ぎ、アンゴスチュラを1dash、ノーステアのまま出す
何時もの彼の飲み方である
が、今日はビターを1dash多めに入れて作る

「今日はジン&ビターの日なのかい?」
グラスを差し出した時にふざけた様に聞いてくる
彼の隣に座っていた客二人がジン&ビターを飲んでいたのを揶揄しているのだろう

「たまにはそんな日も在りますからね」
咄嗟に気の利いた台詞も思い浮かばず、そう言って誤魔化してみる
「ま、月曜だしね」
差し出されたグラスを受取ながらおどける様にそんな応えが反って来る
けれども、ビターを利かせた酒を飲みたがるのは、やはり何か悩みが在るのだろうか


ピークも過ぎ、さっきまでの喧騒が嘘の様に静まった店内
数人を残した客がそれぞれグループの中で交わされる会話の声
そしてスピーカから流れるJAZZの音をBGMにしていつもの月曜の深夜が訪れる

ふと、彼の方を見遣ると、変らずグラスを見詰ている
暫し経った後、口元にシニカルな笑みを浮かべ、グラスの中身を一気に煽り、そのまま項垂れる
数瞬の後、悩みを絶ち切るかの様に口の端から大きく一息吐き出し、頭を上げた彼と目が合ってしまう

ふ、と照れ隠しの様な笑みを受けべながら、彼が目の前で指を交差させる

「さかちさん。何か有ったのなら、遠慮無く自分達に言って下さいね。こんな自分で良ければ何時でも力に成りますから」
レジを打ちながら語り掛ける
「いや、別にいつも通りじゃん?」
そうは言いながらも憂いを帯びた表情で応えを反す

暫しの沈黙の後、「本多君。一つ聞いても良いかな?」
支払いを済ませながら彼が聞いてきた
そして、それでも迷いを絶つかの様に躊躇いながら問う

「二千円札って、何処に行ったんだ?」

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